記憶のプロは初対面の人の「顔・氏名・会話」を瞬時に覚えられるのか? 10人のインタビュアーで実験してみました。
「あの人って田中さんだっけ? いや、中田さんだったような」
「前に飲み会の席で会った気がするんだけど、勘違いかもしれない」
ビジネスやプライベートの人付き合いで、このように記憶があいまいになってしまうことはありませんか?
例えば、大人数の打ち合わせや交流会などで名刺交換をした場合、顔と氏名を覚えるだけで一苦労です。こんなとき、記憶のプロなら瞬時に複数人の顔と氏名をインプットできるのでしょうか?
「記憶のプロ」は初対面10人を瞬時に覚えられるのか
普段から良好な人間関係を築くためにも、きちんと相手の顔と氏名を覚えられる記憶力を身につけたいところ。ということで、今回のテーマはズバリ「記憶力」! 識者として登場していただくのは、「日本記憶力選手権大会」で6回連続優勝の実績を持つ池田義博さんです。
はたして池田さんの実力はどれほどのものか、初対面の人の氏名と顔を一致させる方法はあるのか、インタビュアーを10人そろえて「記憶力の実験」を行いました。池田さんが膨大な情報量を脳内でいかに処理しているのか、その記憶術を解剖しようというワケです。
10人の「顔・氏名・会話」を覚える記憶力クイズの概要説明
まずは、池田さんにチャレンジしていただく記憶力クイズの概要を解説します。
1)10人のインタビュアーが1人ずつ順番に登場
2)名刺交換の後、1人1問ずつ池田さんに質問をする
3)全員が質問を終えたら、10人の「フルネーム」と「質問内容」を池田さんが回答
一般的な記憶力の持ち主の場合、10人の顔と名前を一致させるだけでも手こずりそうですが、日本一
の記憶力を持つ池田さんには、それに加えて「質問内容」も当ててもらうという、一段と難易度の高いクイズに挑戦していただきます。
さっそく、ドキドキの実験がスタートです!
10人のインタビュアーからの一問一答がスタート!
ここからは、10人のインタビュアーが1人ずつ順番に登場して池田さんと名刺交換、「記憶力」にまつわる一問一答形式のインタビューを行います。記憶力について豊富な知識を持つ池田さんの回答にもご注目ください!
※インタビュアー10人の名前は、本人の了承を得て仮名にしています。
【インタビュアー1:竹内由樹(たけうち ゆき)さん】
(竹内さん)
「脳に記憶を定着させるために、1日のベストな暗記量ってあるのでしょうか?」
(池田さん)
「1日のベストな暗記量というのはありませんが、単語帳や教科書を使った勉強など範囲が決まっている場合は、1日にたくさんの量に目を通すといいですね。薄い記憶を重ねて、厚い記憶の層を作ることで記憶が定着しやすくなります」
【インタビュアー2:瀬名夏海(せな なつみ)さん】
(瀬名さん)
「一番古い記憶は何歳のときの記憶ですか?」
(池田さん)
「幼稚園のときに当時好きだった先生と、すべり台の上で抱き合っている記憶かなぁ。年中くらいだったと思います」
【インタビュアー3:斉藤健介(さいとう けんすけ)さん】
(斉藤さん)
「脳が疲れたときにする習慣はありますか?」
(池田さん)
「脳が疲れることはあまりないのですが、記憶に必要な意志力を消耗することはあります。そのときはカンフル剤として甘いものを食べますね。ブドウ糖を摂取することで一時的に記憶力が上がり、その状態を維持できる実感があるので」
【インタビュアー4:渡会華奈(わたらい かな)さん】
(渡会さん)
「最近ど忘れが多くて困っています。どうしたら忘れなくなりますか?」
(池田さん)
「忘れたものを思い出すのはしんどい作業なので、まずは覚えようと意識することから始めましょう。例えば、リモコンを置くときに『テーブルの隅にリモコンを置いた』と指差し確認をするなど、覚える瞬間に『意識のスイッチ』を入れる習慣を付けてみてください」
【インタビュアー5:遠藤浩太(えんどう こうた)さん】
(遠藤さん)
「記憶したいことはすぐに忘れてしまうのに、忘れたいことほど鮮明に覚えているのはなぜですか?」
(池田さん)
「脳には感情を生み出す“扁桃体(へんとうたい)”と記憶を司る“海馬(かいば)”があって、その2つは隣り合っています。喜怒哀楽の感情が湧くと扁桃体が刺激され、同時に海馬も刺激を受け、記憶として脳に刻まれる仕組みです。忘れたいことには何かしらの強い感情が伴っているはずで、そのせいでずっと記憶に残ってしまう。逆に記憶したいことを忘れてしまうのは、感情や意識がそれほど伴っていないからだと思います」
〜前半戦終了・ブレークタイム〜
5名との名刺交換&インタビューが終了。ここでブレークタイムを兼ねて、池田さんの様子を探ってみることに……。
(ライター小林)
「お疲れさまです! ちょうど半分の5名まで終了しましたが、記憶の定着具合はいかがでしょうか? そこそこボリュームのある情報ですし、名前と質問を紐付けるのはハードルが高いように思えたのですが」
(池田さん)
「今のところは、まだ余裕ですね。ここまでの5名の記憶はしっかり残っています。みなさんの名前と質問を1つのイメージにして覚えているので、僕の目にはみなさんの姿がイメージとセットで映っていますよ」
(ライター小林)
「名前と質問のイメージって……? 池田さんの頭の中を見てみたいです(笑)。のちほど詳しい記憶のプロセスを解説していただきますね。後半戦もがんばってください!
後半戦へ突入! 記憶にまつわるユニークな質問も
残り5名からはどんな質問が飛び出すのでしょうか?
【インタビュアー6:田村俊介(たむら しゅんすけ)さん】
(田村さん)
「僕は今大学生で、テスト前によく一夜漬けをするのですが、池田さんは一夜漬けをしますか?」
(池田さん)
「僕はあまりやらないですね。一夜漬けは翌日の試験には有効かもしれませんが、記憶を長く留めたい場合は不向きです。記憶は寝ている間に定着するので、一夜漬けで覚えたことはすぐに忘れてしまいます」
【インタビュアー7:大野真奈美(おおの まなみ)さん】
(大野さん)
「堂々とプレゼンするために内容を暗記したいんですが、どうすればいいでしょうか?」
(池田さん)
「一字一句暗記するのではなく、言いたいことをいくつかのまとまりに分類して、それぞれを1つのイメージに変えて覚えておくといいですよ。もしプレゼンをする部屋が決まっているなら、その部屋にあるものと関連付けて覚えておくのもオススメ。デスクは1番、モニターは2番と番号を振って、言いたいことのまとまりと紐付けておくと、部屋にあるものを見ながら内容を思い出せるので」
【インタビュアー8:篠原美香(しのはら みか)さん】
(篠原さん)
「記憶力が良くて困ったことはありますか?」
(池田さん)
「ないですね〜。よく勘違いされるんですが、僕は見たものを何でも記憶できるわけじゃなくて、情報のカタチを変えて意識的に情報をインプットしているんです。普段から何でも覚えられるわけじゃないんですよ」
【インタビュアー9:平野拓也(ひらの たくや)さん】
(平野さん)
「以前、デンマーク留学をしていたときにデンマーク語を覚えるのに苦労しまして、語学を記憶するのに良い方法はありますか?」
(池田さん)
「語学学習では、単語を覚えることが1つポイントになるかと思います。大量の薄い記憶を重ねることに加えて、覚えたい単語を語呂合わせしてみたり、イメージを浮かべたりと、積極的な意思のアプローチを入れて覚えれば、記憶に定着しやすくなりますよ」
【インタビュアー10:小松加奈子(こまつ かなこ)さん】
(小松さん)
「先日、上司に生意気な発言をしてしまって後悔しているのですが、その発言を忘れてもらう方法はありませんか?」
(池田さん)
「忘れてもらうより、別の新しい記憶で上塗りするほうが効果的でしょうね。感情を伴った記憶は定着しやすいので、例えばサプライズでプレゼントをするなど、喜んでもらえるようなアプローチをしてみましょう」
いざ答え合わせ! 記憶力日本一の実力はいかに!?
登場した順番ではなくランダムな並びで着席し、池田さんを惑わせる10人のインタビュアー。
1時間ほどかけて、10人全員との名刺交換&インタビューが終了しました。改めて振り返ってみると記憶すべき情報量は相当なボリューム、かつ複雑に絡み、インタビュアーのほとんどの方たちと初対面の筆者は、10人のうち2〜3人を記憶するのがやっとでした。
果たして、池田さんは10人全員の「氏名」と「交わした会話」を覚えているのでしょうか!?
(ライター小林)
「それでは1人ずつ、氏名と質問内容をお答えいただき……」
(池田さん)
「あ、ちょっと待ってください。えっと〜、なんだっけな」
(ライター小林)
「あれ、忘れちゃいましたか?」
「あの人の質問はなんだっけ」と記憶を振り返る池田さん。記憶のプロでも10人を一気に覚えるのは難しいようです。
(池田さん)
「思い出した! さあ、始めましょう」
(ライター小林)
「まずは、こちらの男性から『氏名』と『質問内容』を当てていただきます。どうぞお答えください!」
(池田さん)
「お名前は斉藤健介さん。『脳が疲れたときにする習慣は?』という質問に対して、『カンフル剤として甘いものを食べる』というお話をしました」
(ライター小林)
「大正解!! 回答までキッチリとお答えいただきました。といっても、1人目はまだ余裕ですよね」
(ライター小林)
「続いては、こちらの女性です。さぁ、回答をどうぞ!」
(池田さん)
「お名前は大野真奈美さん。『プレゼンの内容を暗記するには』という質問に対して、『言いたいことをまとまりに分類してイメージで覚えましょう』とお答えしました」
(ライター小林)
「こちらも大正解!! まったくつまずきそうな気配がないですね……!」
(池田さん)
「まだまだ余裕ですね。どんどんいきましょう!」
(ライター小林)
「さぁ、3人目です。そろそろ思い出すのに苦労するのでは?」
(池田さん)
「お名前は瀬名夏海さん。『一番古い記憶は?』という質問だったので、『幼稚園のときに、すべり台の上で先生と抱き合っている記憶』とお答えしました」
(ライター小林)
「またまた大正解! 記憶をたどっているような様子がなく間髪入れずに回答されるので、驚いています」
(池田さん)
「僕の目には回答に紐づくイメージがありありと浮かんでいたので、瞬時に答えることができました」
ここまで迷いなく回答していた池田さんですが、難易度が上がるのはここから。では、池田さんの回答結果をまとめていきましょう!
【池田さんの回答結果はこちら】
(ライター小林)
「おおお! 見事パーフェクト達成! おめでとうございます! 最後の遠藤さんだけ思い出すのに苦労されていましたが、彼以外はスラスラと回答されていましたね。すごすぎる!」
(池田さん)
「遠藤さん、ちょっと危なかったですね(笑)。でもギリギリのところで思い出せて一安心です」
今回の実験を通して、「記憶のプロ」の並外れた才能が明らかになりました。また同時に、記憶力にまつわるさまざまな疑問が解決されましたね。
池田さんはどのように10人の「顔・氏名・会話」を覚えたのでしょうか? 初対面の人の特徴を覚えるメカニズムやビジネスシーンで役立つ記憶のコツについて、池田さんにたっぷりと話を伺いました。詳しくは下の記事をご覧ください。
どうやって相手の特徴を覚える? 記憶のプロに聞く「初対面の人を忘れない」記憶術
【池田義博さんの著書】
見るだけで勝手に記憶力がよくなるドリル
著者:池田義博
出版社:サンマーク出版
発売日: 2019/6/10
取材・文:小林香織 企画・編集:水上歩美(ノオト) 写真:垰亮太
記憶のプロは初対面の人の「顔・氏名・会話」を瞬時に覚えられるのか? 10人のインタビュアーで実験してみました。